天日津久神社へ参拝す
お久しブリです。
今日はなぜか早朝から調子が良くって、
朝5時にパチッと目が覚めてしまい、やろうと決めていた仕事にすんなり取りかかれました。
仕事を済ませ、家族で朝食をと言う段になって、
ふと麻賀多神社(天日津久神社)へ今から行こうと思いました。
そうです、あの日月神示で知られる神社です。
呼ばれているなんて、そんな大げさなものではありません。
ただ、行きたいと思っていたから行こうと素直に思っただけでした。
今日は夕方まで時間がありますし、
しようと思っていた仕事もなぜか早々に片づいてしまっていましたので、
こんなチャンスは滅多にありません。
子ども達を送り出し、さっそく準備をして出かけました。
途中、首都高の渋滞に巻き込まれましたが、無事に到着。
初めて行ったところでしたが、特に迷うこともなくあっさりしたものでした。
ご祭神
古事記・日本書紀には、日本の国造りの神で、五穀の神様であり、産業を司る神として記されています。(古事記では和久産巣日神と記されています) また、この神社の社紋は麻の葉をデザインされており、最近まで赤ちゃんの産衣(うぶぎ)に麻の葉を入れて健やかなる成長を祈願しており、お子様の守り神でも在らせられます。
伊勢神宮の内宮(天照大神)の姉神で、外宮(豊受大神)は子神と記されており、香取神宮の御祭神(経津主命フツヌシノミコト)と鹿島神宮の御祭神(武甕槌命タケミカヅチノミコト)は弟神であります。
御由来
今から千七百年余前、印旛国造(当時の大和朝廷の地方長官)であった伊都許利命(イツコリノミコト)が、現在の地に麻賀多神社大神として崇め、以降近隣の麻賀多十八社の本宮として、また地元の鎮守様として広く皆様から崇敬されてまいりました。
なお、平安時代中期に制定された国家の法制書である「延喜式」神名帳には、国幣社・麻賀多神社と記されている延喜式内社であります。往時勅使として大伴家持(おおとものやかもち)も参拝されております。この由緒ある神社の境内の神秘さは多くの参拝者の感動を誘っております。
また、本社(台方社)の北方1kmのところに奥宮(船形社)があり、伊津許利命の噴墓があります。また当社の西方1kmの印旛沼湖畔の鳥居河岸というところには大伴家持が寄進したという大鳥居(一の鳥居)が建っています。
天日津久神社
本殿右奥にある岡本天明氏の
日月神示に知られる天日津久神社も
大変多くの崇敬者がみえております。
御神木
境内左奥にある、東日本一の大杉(御神木)は、樹齢千三百有余年、昭和十年、千葉県の指定記念樹第一号に指定されました。古来より御神木には心霊が宿っていると言い伝えられ、延命長寿のご利益を授かることでも有名です。現在はパワースポットとしても人気の場所となっております。
【転載終了】
今日は暑かったのですが、
境内は木々に囲まれていて気持ち良い空気に満たされていまし…た…?
いや、これはちょっと違いますね。
ちょうど同じタイミングで駐車場に車を止めた方がいらしたのですが、
私はその方(以降、仮にAさん)が何となく気になって仕方なかったのです。
他にも参拝に来ている方が数組いらっしゃいましたが、
Aさんは最初に境内に入ったにもかかわらず、全員の参拝が終わるのを
横で静かに待っていました。
誰もいなくなったところでAさんの参拝が始まりました。
おもむろにとても低い声で何事かを唱え始めます。
たぶん祝詞なのでしょうが、私が今まで聞いたことのないものでした。
どこからそんな声が?という程の低音でした。
そんな感じなので、私はどうしても気になってしまいます。
摂社に参拝しつつも耳はダンボ状態、思わず目も向けてしまいます…。
祝詞のあとAさんは拍手を打ち始めたのですが、
よくある2礼2拍手1礼のではなく、拍手を連打するのです。
こ、こんなに拍手を打っていいの?って位打つのです。
むしろあれは打つ間隔を長く取った拍手(ハクシュ)という感じでしたね。
鬼気迫るというか、とんでもなく迫力ある祈りを見た気がしました。
だからでしょうか、麻賀多神社では張りつめたような空気を感じてしまいました。
最後に私も記念撮影をして、そのまま帰宅。
『思い立ったが吉日』と言いますが、今日はそんな一日となりました。
普通に夕方から塾に来ていますが、
なぜか全く疲れはありません(ツかれていません)。
たぶんツイてるからなんでしょうね。笑
今晩はゆっくり眠れそうです。
ありがとうございました。
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